
年越しそばを食べ、腹がくちくなったところで三脚を背に参拝客が来る前の静かな神社を撮ろうと部屋を出た。
着くと人気もなく、狙い通り。

ところがすぐに高校生と思われる団体ががやがやと。
ここで年越しをするんだろうと、おやじは神社の裏手へ。
夏なら真っ暗でとてもじゃないが一人では来られない。
でも今は雪明かりで明るすぎるくらいだ。
帰り際、女子高生と思しき団体。
そういえば、昔自分が中学、高校のとき、年が明ける前から神社に集まってたっけ… と思い出し一人くすくす笑いながら家路についた歳夜の宵。
来年(あと5分だ!)は、明るい年になりますよう。
昨日、雪が融けて朝方しばれ、そしてさっきからの雨でもう道路はつるっつる!
歩けたもんでないし、走れたもんでない。
アスファルトが黒く濡れているように見えて実は薄い氷が張っている。
いわゆる「
ブラック・アイスバーン」状態。
転ぶ人があちこちで見られ(こんな光景、北海道の田舎では珍しい)、車は曲がり角でケツをふる。
時速は30キロ出せればいい方。
用足しに旭川まで行こうと思ったが事故に遭う確率高いからやめといたほうが無難かな。
フィギア・スケートの練習場所がない、と言っていたがいっくらでもあるよ。
まぁ大きな円は描けないけどね。

今日ばかりは宗派を超えてすべての者たちが仲良くすることを希望します。
つや【通夜】
死者を葬る前に、親類・知人が集まり、死者とともに終夜過ごすこと。
また、宵のうちに行う葬送の法要。 (大辞林より)
昨日、階下のばあちゃんが亡くなった。
夏あたりから週に一回デイサービスを利用しての風呂(偽温泉)も行かなくなって、かわりに民間病院の車が毎日訪れていた。
最近では日に二度、三度と。
同じアパート、しかも上と下に住んでいたとしても付き合いなどはなかった。
顔を見たら挨拶する程度。
自分が入居する際、引っ越しの挨拶で素麺を持って行ったら「あらぁ、まてに(ご丁寧に)すみませんねぇ」と言われ、それからいろいろ質問攻めされたくらいが会話らしい会話だった。
聞いて驚いたのだが、もう九十を超えていたとか。
皺も少なく腰もまっすぐで、七十くらいと思いこんでいた。
そんな若々しい老婦人だったが、もうすぐ百の声を聞く老人がアパートで一人暮らしということを考えると、寂しさというか儚さというか、そんなことを感じながらご遺体の上からではあるが在りし日の姿を思い出し、通夜にご列席のみなさまとともに冥福を祈っていた。
そんな厳粛な気持ちと裏腹に不謹慎なことも同時に考えていた。
寝床について。
ひょっとして今ばあちゃんと一の字かなぁ。
枕の向きも同じだ…
最後の夜だし まぁ いいか


元湘南ベルマーレの岩本テルが現役生活を終えた。
好きな選手だったので彼へのオマージュとしてJFL時代の写真をUpしようとしたのだが、捜しても見つからず、こんな写真が出てきた。
たぶんJ昇格の年前後だと思う。
場所は新宿。
バブルがはじけたのかしぼんだのか、そんなことは吾関せず(向こうが関係を持ってくれなかった…)、飲み歩いていたあの日。
【“Old Picture”の続きを読む】
今年の根雪は早かった。
例年なら最初に雪が降り、二、三度は溶けてから根雪になるのだが、今年溶けたのは一度きり。
そのまま根雪になってしまった。
連日真冬日ではしょうがないか。
しかし今日は久しぶりに暖かい一日となった。

忙しい一日だったのだが尻がむずむずと落ち着かない。
合間を縫い一撃離脱。

暖かいと言っても日が差している間だけ。
太陽が雲間に隠れると急に冷えてくる。

加工してちょっと遊んでみた。

雪はまだ足首くらいまでしか埋まらないが、そのうち膝までうまりラッセルしないと森の中には入っていけなくなるだろう。
その前にスノーシューを買わなければ。
「海の噴水」を取り囲むカラマツ林。

中にはいると松の匂いが体を包み、忘我の境地。
今回まわった中ではここが一番好き。

海の噴水

冬期閉鎖ですね、やっぱり。
来年、雪が溶けたら見に行きたいものです。

今回はカラマツ林をクローズアップしました。
写真をクリックするとFlickrのページに飛びますが、そこにある写真の左上にある[ALL SIZES]で1024×683の大きなサイズで見られます。
冬のモエレ沼公園、楽しいですよ。
雪に埋もれた公園をスノーシューで歩けばもっと楽しめると思います。
今シーズンの目標。W
合間を縫い死線を彷徨い、久しぶりの、そして初めての冬に見るモエレ沼公園。

公園に着く前から雪降りしきり。
かじかむ指先、突き刺す寒さもなんのその。
うれしさのあまり公園中を走り回った。
(寝不足と疲労で心臓に痛みも走っていたが)

イサム・ノグチは子供が遊べる造形物を多数残しているけど、この公園は大人のための場所だと思う。
もちろん子供のための空間は設けられているが。

「大人のため」と、書いてしまったが訂正します。
「子供時代を忘れられない大人のため」の公園、に。

孤独を好む人にも受け入れられる公園かもしれない。
ここには以前にも何度か訪れているが、二人連れだって、ばかり。
それが今回一人で来てわかった。
公園はpublicが前提であるけれども、personalでもあるべき。
そのココロは次回(あるかどうかは甚だ不明)。